華氏 911 コレクターズ・エディション
2006年7月23日 映画Amazon.co.jp
アカデミー賞で『ボウリング・フォー・コロンバイン』が受賞したときのスピーチそのままに、マイケル・ムーア監督がブッシュ大統領を徹底批判するドキュメンタリー。ブッシュが大統領に当選した際のフロリダでの選挙疑惑や、同時多発テロ前後の彼の行動、ブッシュ家とビンラディン一族の意外なつながりなど、経歴や言動から大統領としての資質を問い正す。
全体を貫くテーマは、あくまでムーア監督の私見だが、使われている映像素材はすべて事実であり、その構成があまりに巧み。本質はどうであれ、観客にはブッシュのダメさ加減がはっきりと伝わり、ある種、痛快でもある。ムーアがもっとも時間を費やすのが、イラク戦争の是非。イラクからの帰還兵を連れて得意の突撃取材も行うが、息子をイラクで亡くした母の悲痛な叫びが、本作のクライマックスだろう。彼女を通してムーアは、ブッシュを批判するというより、無意味な戦争に反対しない社会全体を痛烈に批判する。小手先のうまさもあるが、鋭く強いメッセージを持っているという点で、これは超一級のドキュメンタリーなのである。(斉藤博昭)
昨日、マイケル・ムーア監督の「華氏911」を見ました。政治ドキュメンタリーをエンターテインメント作品として作り上げながら、ただの風刺には終わらない部分があって、とてもいい作品だと思いました。見終わった後に、誰かと議論したくなる映画だというのは、作品公開時期の議論の盛り上がりが示していると思います。
全然、政治に関心のない私でさえ、イラク戦争に対しては納得がいかなかったし、いくつか疑問に思った。一番大きな疑問は、「なぜ戦争をしなければならないのか」ということだろう。
ブッシュ大統領の最初の言い分は「彼らは大量破壊兵器を持っている。私たちは、テロの芽を摘み取るために彼らに武装解除を強制しなければならないし、イラクの国民を圧力政治から開放すべきだ」というものだったと思う。
でも、少なくともアメリカは戦争に勝ったのだから、イラクより同等もしくはそれ以上の武力を持っていたことになる。というか、絶対に持っているはずだ。
アメリカの論理は、銃を持っているAとBという人がいたとして、Aが「Bは危険人物だから、彼の銃を取り上げなければならない」という主張することと同じではないだろうか。そこに、Aの主張を支持するCやらDやらの人物がやってきて袋叩きにする。
ここで問題になるのは、Bが危険でもなんでもなかった場合である。でも、「彼が危険であるか危険でないか」はBが犯罪を犯すまでわからない。犯罪を犯すまでにわかるのは、その確率である。
私たちの実生活で、「あの人は犯罪を起こしそうだから逮捕しよう」なんてことが起こるのはまれだろう。たぶん、あるはずだ。思いつかないが...例えば、ストーカーが出てくるドラマでよく見る。「半径1キロメートル以内には近寄っちゃいけませんよ」っていうのは、あるけれど、大体つかまるのは、犯罪を犯したあとだ。
それに、Bの他にも、銃を持っている人たちはたくさんいる。Bが危険なのは、Aのお友達ではないからである。Aたちが銃を持つ理由には「自衛」も含まれているだろう。じゃあ、Bに自分たちを守る権利はないのか。ということになるけれど、大きさが問題なのだろう。Bの銃は、Aの銃よりも小さくなくちゃいけない。Aの安全のために。B以外の国の安全のために。
道徳的にそれは正しいのだろうか。
この作品に偏った部分があるとして、それのどこが問題なんだと思う。狭い場所で、閉鎖的な議論交わしてる人たちよりも、ずっと僕たちに疑問を提示するに成功している。彼の提出したいのは、疑問であって、答えじゃない。そして、そこには身を切られるような切実さがある。僕は、そう思う。
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