2005年8月24日 読書
内容(「BOOK」データベースより)
個人が個人の存在を尊重して生きることが難しいと思われた混乱した時代に生きてきたお年寄りたちが、意外にもしなやかに強く生きてきたということを知った時驚きと同時に、体の中を熱いものが駆けめぐった―。明治・大正・昭和・平成、4つの時代を生き抜いてきた97人の記録。

内容(「MARC」データベースより)
明治・大正・昭和そして平成、混乱した時代の中を強くしなやかに生き抜いてきた人々がいる。97人のお年寄りの姿を写真とインタビューでとらえ、多くの日本人が見失ったものが何かを浮き彫りにする。



 図書館で、たまたま目に入った橋口譲二の写真集『夢』を見てみた。「夢」と聞くと、青くさい青年を創造してしまう。少なくとも僕は、実際に開いて見てみるまで、そういう写真集なんだろうなぁ、と思っていた。

けれど、そこに写っていたのはみんな、明治生まれのおじいさんやおばあさんだった。橋口は、それぞれのモデルに、これからしてみたいことや生まれ変わったらしてみたいことを聞いている。初めはなんとなしに開いたはずの僕は、ぺージをめくるうちにその表情と言葉に引き込まれて、結局最後まで見てしまった。

自分を哀れんで、そんなふうにして溜めた自己憐憫でいっぱいの自分を自己嫌悪。さらにそれに対する自己憐憫で脳みそ満たして落ち込む。
そんな具合に、この写真集を読むまで、わけがわからんくらいに、頭の中がぐるぐるしていたけれど。読み終わったあと、自分が少し変われたような気がした。

幸せそうな顔をしている人は、どこかかしこに丸みや温かみを感じる表情で、見ていてホッとする。

そういう人たちのインタビューを読むと、ほとんどが、今の自分のあり方を受け入れていて、衣食住が足りていることにありがたみを感じている。少なくとも、当たり前だとは思っていない。

もちろん97人もいれば、淋しそうな顔をしている人も大勢いて、そういう人たちのインタビューには「あとは死ぬだけです。」とか「今までの自分の人生はなんだったのか」とか、やっぱり淋しいことが書いてある。

仕事や家族、環境はそれぞれ幸せを大きく決定づける要素だと思うけれど、おじいさんやおばあさんの幸せな表情と彼らの謙虚さは無関係ではないと思う。

もし機会があれば巻末について書かれたエッセイを読んでほしい、と思います。
僕は、いつの間にか傲慢になってた自分に気づく事ができました。

追記
久しぶりの日記
文章かけない。時間かかる

追々記
それと、自分の事を棚に上げて書くと、やっぱり自分ばっかに奉仕して生きてそうな人は自分の事ばっか話してる気がした。

いい顔してる人は、インタビューで孫の幸せとか願っちゃっていて、僕は実感した。

やっぱ、愛だよなぁ、と。
そんでもって大切なのはテイクじゃなくギブみたいだ、と。

家族や連れとか。相手がいることはだから幸せなんかもしらん。

ツイキ

留学生が来た。生活に潤いを感じる今日この頃。
時給700円の仕事にも慣れつつあって、悪くない。

裕福な生活には憧れないけれど、経済的な価値観に流されそうになる事がある。

もっと謙虚に生きたい、と思う。やっぱり流されたくはない。

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